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ジェラルド・ジェンタ氏との3日間

2005年2月12日(土曜日)・13日(日曜日)・15日(火曜日)と、3日間に渡りスイス時計界の 「神様」ジェラルド・ジェンタ氏が当店に再来店しました。
昨年9月、彼の新ブランド『ジェラルド・チャールズ』の日本第1号店として当店が旗揚げして以来の再来店となります。昨年来、何度か彼とお会いし打ち合わせを重ねる中で、再生ジェラルド・ジェンタ氏の新しい作品をすべて目にすることができました。しかし、一度時計業界からリタイヤされていること、また73歳という高齢を考えますに、正直申しまして彼が新ブランド『ジェラルド・チャールズ』にどれ程の情熱と思い入れを持っておいでかを計り知ることはできませんでした。もちろんジェンタ氏の偉大な過去の業績は疑う余地もありませんし、私のごとき駆け出しがこんなことを申し上げるのは大変失礼とは十分承知しております。しかし、当店が新たに『ジェラルド・チャールズ』ブランドを取り扱うにあたり、はたしてこのブランドにどれ程の思いを抱くことができるのか・そのために何が必要かを常々考えざるを得ませんでした。

そこで、これもまた大変失礼とは思いましたが、来日前に拙い英語で2ページにも渡る質問状をジェンタ氏にメールで送りました。その内容は多岐に渡りましたが、一部ご紹介しますと「現在日本には100以上の新旧ブランドが取り扱われ、その大多数がムーブの重要性に着目したものです。このままでは一部のモデル(トゥールビヨン)を除いてあなたの新ブランドはその中に埋没してしまうのではないでしょうか」といった少々辛辣な内容だったと記憶しております。本来ならきついお叱りを受けるべきですが、(彼は母国語がフランス語で英語はあまり話せませんが)、奥様の代筆で当日即座に丁寧な返答を送ってくれたのです。しかもその文面は、「Thank you very much for your kind mail. I have very much appreciated your words〜 I think you have totally understood what my philosophy is〜」といった内容でした。

というのも、私は、彼の過去の偉大な作品(例えば、パテック・フィリップのノーチラス、オーデマ・ピゲのロイヤルオーク、IWCのダ・ヴィンチ、カルチェのパシャからブルガリのブルガリ ブルガリに至るまで *その後お会いした時のお話では1万以上のモデルを作り出したそうです)は大多数の日本人にはお馴染みでも、それを作ったのは誰かはほとんど知られていないのはあまりに失礼であり片手落ちであると感じていたからです。賞賛されるべきは、過去の作品ではなくて、それを生み出す彼の湧き出るような才能です。そのpassionに衰えがない限り、彼は今後とも歴史に残る名品を再び作り出すことができると確信しております。

そのことは、来日後の彼の発言からも読み取ることができるのです。かつて時計師として最も名誉あるジュネーブシールを手に、超一流の時計技術者・宝石職人・彫金師を従えて八角形のオクタゴンケースに長複雑機械式時計を組み込んだ「グランド・ソネリエ」を発表し世界中の時計ファンをうならせたように、今またかつての仲間・その弟子たちを集め新たにひとつの ジェラルド・ジェンタファミリーの結成を考えているのです。 また新たなジェラルド・ジェンタ物語の始まりです。